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お金を触ったその手で作った料理が食べれないんだけど

考えてみた

イケスムです。たまに街で見かける某外国の料理が食べたかったりするんですが、お金を触ったその手で料理を触っているのがどうしてもダメな性格でして、その料理はめちゃんこおいしいだけになかなか食べる機会がなかったりしています。

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たまに二人で売っていて、その時はお金を触る人と作る人がわかれているようでして、この場合はラッキーと思って買ってます。

 

ところで、文化や習慣というのがどこの国にもあるかと思います。これは育った時代によっても文化や習慣の違いはあると思うんですね。例えば、僕は毎日風呂に入るという習慣があります。なので1日でも風呂をスルーすると、なんとなく体がかゆくなったような気がしてしまいます。シャンプーは風呂に入るたびにすると言う習慣がありますから、これも怠るとハゲるような気がしてしまったりするわけですね。

 

んでこれらの文化や習慣というのは、冒頭に書いたように住んでいる地域や時代によって違ったりする部分があるのかもしれません。例えば日本では昔からコメを食べるという文化があったようでして、それは今の時代でも当然のように食卓に並んだりするわけです。しかし昔から毎日風呂に入って毎日洗髪をする習慣があったのかどうかは知りません。

 

こんな感じで、変わる習慣もあれば変わらない文化もあったりするわけですが、どちらも今の時代を生きる自分にとっては「それが当然」みたいなマインドがあったりするわけです。例えば、うんこをしたらトイレットペーパーでケツをふきますが、国が違えば手でケツを洗うこともあったりするようです。僕は何も考えずにケツはトイレットペーパーでふくのが「当然」と思うわけですが、文化や習慣が違えばそれを「当然」とは思わないこともあるってことですね。

 

 

日本では料理をする前には、手を洗うという習慣があります。昔から存在する文化なのかはわかりませんが、今の時代を生きる僕にとって料理をする前に手を洗って手についていたであろうばい菌を限りなくゼロに近づける努力をするのは、ごく当たり前のこととなっていますし、きっとほとんどの人がそうなんだと思います。

 

しかしながら文化違うとこの限りではありません。例えばラーメンの替え玉という、使い古したラーメンのつゆを再度使って麺を食べることが平気で出来る人とできない人がいるかのように、料理をする前に手を洗わなくても平気の人もいればそうでない人もいるわけですね。どちらもそれが「当然」と思ってやっているわけでして、そこには何ら悪意はありません。

 

冒頭に書いた某外国料理店の人が金を触ったその手を洗わずにその手で次々と料理を作るのは、きっとその国の文化なんだと思います。つまりそれが当たり前のことだしそこに疑問を感じることはない。もっと言えばそれも含めたうえでその料理であるといえるかもしれません。そういった意味では、その国の料理が食べたいのであれば、僕自身がその国の文化に合わせる必要があるんだろうなと思ったりしています。


まぁそんだけの話。ではではー